6月3日、中野サンプラザホールにて野口医学研究所の創立25周年を記念して、タイセイ株式会社の後援により日野原重明先生の講演が行われました。
96歳にしてますます若々しく、2年先まで予定が詰まっているという日野原先生の講演には2200人が詰めかけ、当日直前まで席を求める人が後を絶たない盛況ぶり。講演の前後には、先生の著作本へのサインを求めてロビーに長蛇の列ができていました。
講演のほか、日野原先生の親友で医学教育の権威ジョセフ・ゴネラ先生を招き、ハワイ大学外科教授の町淳二先生の司会でのパネルディスカッション(第二部)、そして日野原重明先生率いる祝祭管弦楽団のコンサート(第三部)、と盛りだくさん。充実した午後を過ごすことができました。
第一部 日野原先生 特別講演
「人生如何に美しく健やかに生きるか」
ご尊父の留学中に生まれたという日野原先生。生命の神秘を知った10歳の頃に「父の本当の子なのかと真剣に悩んだ。が、父が出立したのは母が妊娠3ヵ月の時と聞いて安堵した(笑)」と、いきなりユーモアたっぷりのエピソードで、瞬時に聴衆の心をつかんでしまいました。「そんな小さな子供でも、大人が想像するより物事をちゃんと見抜いている。だから、おざなりな態度で接することなく、大人として扱い、正しい知識やマナーを教えてあげなければいけない」そんな思いと使命感から、先生は小学校での講演も積極的に行い、既に80校を超えているそうです。
先生は、人の一生は三つに分けられるといいます。第一期は、子供として親の世話になって生きていく時期。第二期は、成長し大人として社会に貢献する時期。そして、60歳を過ぎ、残された時間をどう使うか考えて実行する第三期。「人間は与えられた体、命をどのように使うか試されている」のであり、「どのように、若い人たちの畑となっていくか」も課題なのです。
では、どんな人と出会って、どんなことをするか…。自分が誰を、何を選ぶかは、他力本願ではなく、自分次第です。たとえ「自分が恵まれていない」と思っていたとしても、そうではなく逆転の発想で、自分から環境を変えていくことが必要です。同時に、行動を起こすのに何歳であっても遅すぎるということはないと。実際、先生の知人には80歳で韓国語を、90歳で中国語を、100歳でロシア語を学び、それぞれの言語でスピーチしている方がいるそうです。その存在には誰もが励まされることでしょう。
また、長生きとは単に長く生きるだけでなく、活動している時間を長くすることです。睡眠時間が少なくても熟睡すればよく、さらに、心の健康のためにはいろいろなことがあっても興奮せず、寛容な精神で「許す」ことが大切。
講演中、立ちっぱなしでよどみなく話し、年齢を感じさせずに軽やかに動き回る先生に、憧れと感嘆の溜め息をつきながらも、聴衆のひとりひとりが自分を振り返る意義ある時間となりました。
第二部 パネルディスカッション
「本当に患者さんのためになる医療はどうしたら受けられるのか」
予防医学が発達しており、人間ドックのシステム充実が病気の早期発見早期治療に貢献している日本の医療。それが評価される半面、診断学に偏重し、「3分治療」といわれる診療時間の短さが、短所として挙げられます。
かたや、最近アメリカではpatient reported outcome〈ペイシェント・レポーテッド・アウトカム〉(患者の報告による結果)という考え方が注目されているのだとか。これは、治療の過程において患者が満足しているかどうか—つらくないか、我慢していないかなど—という報告を患者にしてもらい、現場にフィードバックさせるということで、「患者は最良の先生」というわけです。その根底にあるのは、「医療の中心に患者がある」という考え方。
それを受け「患者のケアで重要なのは、『病気だけではなく、患者全体を診る』こと」と、ゴネラ先生。そのために、「医師には医学の知識や技術のほか、コミュニケーション能力=会話と対人能力、そして患者への共感や思いやりが必要だ」と言います。日野原先生も同様に「診察においては、患者との会話が最重要である。特に内科系の病気などは、話を聞くことでより正しい診断と、それに基づく適切な治療が行える場合が多い」と、とりわけ患者の話に耳を傾ける傾聴力を重視しています。とはいえ、3分でも30分でも診察料が同じという現状では実現はなかなか難しく、「医師が充分に時間を割けるシステムにする必要がある」と提唱します。
一方、患者も受身ではなく、受診時に自分の状況を正確に伝えられるように用意をしておくように、とのこと。
医療とは、医師と患者との協同作業であり、よりよい医療を受けるためには、コミュニケーションがとれて信頼できる医師や医療チームとの出会いと、患者側の意識の高さが必要なのです。
第三部 日野原重明祝祭管弦楽団コンサート
10歳の時からピアノを始め、音楽に造詣の深い日野原先生。音楽療法学会理事長として、音楽のもつ働きを通して心身の障害回復や機能の改善、生活の質の向上を図る活動もされています。
この日は日野原先生率いる祝祭管弦楽団による演奏で「管弦楽組曲3番」(バッハ作曲)ほか、先生ご自身が作詞・作曲された「夏の日の思い 美しい声を持つ あなたに」(歌・三津山和代氏)を。そして「愛の歌」を先生の指揮のもと、三津山氏、会場がともに合唱し、歌詞同様の温かな雰囲気で講演会を締めくくりま した。