額に太く刻まれたしわは、長年の人生の苦労と成功を物語っていますが、情熱的な目の輝きは、未来を語る若者のそれと変わることはありません。
行部澤久信さん、72歳。小柄ながら、畑仕事で鍛えてきたその体躯はがっしりとして健康そのもの。背筋を伸ばし、先頭を切って歩く姿には若さがみなぎっています。
行部澤さんは、毎日4万本を出荷するクレソンのハウスを5棟管理する(有)行部澤販売の代表として、忙しい毎日を送っています。それは農協という大きな組織に頼らず、自らの力で生産と販売を切り開いていく農業です。
だから常に新しいものに興味をもち、試していく。回帰水も、その興味の対象のひとつでした。
消費者が納得するものを供給することが、我々農業者の役割なんですよ。
「私の長い水耕栽培の経験では、やっぱり一番大事なものは水です。
使っている源水がダメなら、いくら努力してもダメなんです。”水が命”なんですよ」
行部澤久信さんは駿河湾の湾岸線の近くで生まれ、昭和28年に高校を卒業してすぐに農業に従事。ところがこのあたりの砂地での農業は害虫が多く、なかなか収穫に結びつくことがありませんでした。そんな中で行部澤さんは土がダメなら水だけで栽培できないかと、その時代には突飛なことを考えます。
「ちょうど神奈川の厚木に米軍が駐留してきて、彼らが日本で初めて水耕栽培を始めたんですよ。それを勉強し、研究してみて、自分なりに器具や容器を工夫してやってみたら、意外とうまくいきましてね。しれでいわゆる行部澤式という水耕プラントを開発して、大規模にやるようになったんです。昭和48年には当時のお金で1億8千万円ほどかけて大規模農場を作りました。
そのころから、キュウリの水耕栽培を本格的にやり始めたのですが、当時博多に行った時に貝割れ大根と出会いまして、食べてみたらこれはおいしいと。それでこれを水耕栽培でできないかとまた研究を始め、ようなく商品化できたのが昭和56年でした。
これが当たりましてね。農業もこんなに大きな仕事ができて、売り上げを上げられるんだと思いました。最盛期、私どもの貝割れ大根の生産量は、全国で2番目ぐらいでしたからね。」
ところが大きな不運が平成8年の8月、貝割れ大根の生産業者に決定的な打撃を与えました。と言えば、もうおわかりの通り。貝割れ大根がO-157病原菌の原因だという風評です。昔も今もテレビ、新聞で見たこと、聞いたことをそのまま信じるのが我々「純真な国民たち」。販売はストップし、それまで築き上げたものすべてをなくしただけではなく、大きな負債が行部澤さんにのしかかりました。
「訴訟を起こし、10年間闘って最後は裁判に勝ったのですが、でも国は何の保障もしてくれなかった。我々は風評が間違っていたという勝訴はもらったが、裁判費用を負担するという損ももらったのです。
結果的に3億5千万ほどの大損でした。しかし日本で生まれて仕事をしている以上、日本の法律と日本人の国民性の中で生きていかなければならないでしょう。だからこれに関しては、やむを得なかったと思っています。」
やむを得ないと淡々と語る行部澤さんにとって次に考えるべき事は、済んだことは忘れて次の行動に移る、といういつもの行部澤式でした。そして目を付けたのがクレソンだったのです。
「味が濃くて日持ちが良い。さらに通年出荷が可能なのが、わたしのクレソンです。」
クレソンは平成6年ぐらいから貝割れ大根の傍らで作っていました。この西洋野菜は、元来洋食の添え物という形で使われていましたが、折からの牛肉自由化で、外食産業にもステーキが流行り、家庭の食卓にも洋食が並ぶだろうと推測。となるとクレソンの需要も高まってくるとの確信を得て、商品化のための研究を始めたのです。
クレソンはわさびの仲間です。そのために日本のクレソン栽培は田んぼの水を利用して、あるいはわさびと同じように山間の沢での水耕栽培が一般的です。しかしいつでも発想を転換させて、新たなものにチャレンジするのが行部澤式です。今まで経験のある得意技だった水耕栽培をあえて追い払い、ハウスの中で土の上でクレソンを作るという、またしても世間の常識とはかけ離れた栽培方法を開発しました。
「水耕栽培では水の中に入って、刈り取らなければいけないわけです。それじゃ能率が悪い。大量に商品化するというのが我々には必要なのですから。じゃあ、水を使わないでクレソンを栽培するためにどうしたらいいか、いろいろべ今日しました。そうしたら、たまたまスウェーデンのある文献のなかに「クレソンを食用にするには水で作るより土で栽培した方が安全なものができる」ということが書いてあったのです。ハッキリと土で作れると書いてある、それならまた自分なりにやってみようと。10年かかって、いま皆さんが見ているようにハウスでの土耕栽培ができるようになったのです。」
新たなチャレンジに成功した行部澤さんに、回帰水という情報がもたらされたのは今年の5月でした。農薬を使わないでもいいなんてことは絶対にあり得ない、という行部澤さんのもとに、全国の農業での回帰水情報が届き、行部澤さんの新たな研究が始まりました。そして得た結論は、より安全な食品を求める消費者のニーズに応えるために、回帰水は大きな武器になるというものでした。
現在、行部澤さんがクレソン栽培用に所有しているハウスは5つ。そのうち2つに回帰水が使用されています。地下水からくみ上げられた水は「無農薬号」を通って水のタンクに溜まります。タンクの中にはどんぶら子が5つ。この水がハウス内のクレソンに散水されるようになっています。
「回帰水を使うようになって半年経ちますが、まあ最初は半信半疑でしたね。でもま日観察していてわかったことがあります。
まずは当たり前ですが水がきれいになることです。いくら土で栽培していると言っても、クレソンは水生植物ですから、良い水だと生育が早い。これは葉っぱの色がよくなったのでわかります。だから今まで収穫してから次の収穫まで10日以上かかっていたのが、それ以下、それこそ一週間ほどで育ちます。活性化された水だからだと思います。
それから土の中から出てくるナメクジやでんでん虫の害虫が殆ど出てこなくなりました。今まではこれらの害虫退治には強い農薬を使わなければならなかったので、使った後は農薬が消えるまでひと月ほど収穫ができなかったのに、その必要がなくなったのです。空を飛んでくるコナガやヨド虫にはさすがにダメですがね。
最近、すごいなと思うのは根の近くまで茎がしっかりしているので、摘み取りが楽になり、作業効率が上がったことです。こういうことも大事です。もうしばらく、回帰水の農業への付加価値を体験して調べたら、近隣の農家の人たちに報告しようと思っています。」
行部澤さんが今楽しみにしているのは、紫色をしたクレソンを世界に一つしかない新種として育てることです。
「バイオレット・クレス」と名付けられたこの新種は、6年前偶然広い畑の中から見つかった突然変異種。これを大事に育て、10万本まで増やし、いよいよ新種登録へとこぎ着けました。この「バイオレット・クレス」が私たちの食卓に並ぶのにはもうしばらく時間がかかりそうですが、アントシアニンを多く含む紫のクレソンとして、市場の人気者になることは間違いないでしょう。
そしてその生育の一助に、回帰水が大きな役割を果たしてくれると行部澤さんは期待しています。