次世代の農業も『自然回帰水』がサポート

 

農業大国・愛知県。

中でも渥美半島は太平洋と三河湾に囲まれ、温暖な気候に加え日照時間・快晴日数共に全国でもトップクラスと、農業に適した環境を誇っています。

渥美半島の大半を占める田原市は就農率も30%を超え、農業産出額も抜群。

特に昭和43年の豊川用水の全面通水以降はインフラも整い、野菜果実に加え、花卉栽培、畜産団地の造成などにより、日本有数の農業先進地域となっています。

そして、ここはまた、回帰水農法の先進エリアでもあるのです。

今から15年以上も前になりますが、グリーンプラネットの活動を通じ、回帰水の素晴らしさを自分自身の体で体感した農家の方々が、この良い水を農業にも利用したいと無農薬号を導入したのが始まり。

当時の家庭用無農薬号で試してみたものの、口径が小さくて圧力のバランスがうまくとれなかったようでスプリンクラーが回らず、返品ということに。

何とかならないかという話を聞いたタイセイ(株)耳塚信夫会長(当時社長)が自ら出向いて、直接、回帰水を使っての農業指導をする傍ら大型の無農薬号を開発。

この特注大型無農薬号を5台ほどテスト用モニターとして提供してくれたのです。今回、その頃より回帰水農法に取り組んできた豊橋市、田原市の方々にお話をうかがいました。

 

 

当初より回帰水の農業への活用を考え、耳塚会長ともすっかり意気投合した石倉さん。「石の上にも3年」と言うが5年は頑張ろうと、テスト期間を5年と決めて取り組んできました。その間、トウモロコシ・イチゴ・メロン・ナス・スイカなど、様々な野菜や果物を試してみたそうです。結果として、回帰水を使うと総じて成長が早く、大きく育ち、おいしい。果物などは甘味が増すということがわかったものの、地方の特産品ともいえるメロンでは苦労したとか。回帰水のパワーがありすぎたのか、中心部と外皮の熟し方が揃わなかったり、問題点が多かった……と。試行錯誤の結果、回帰水の良さを改めて実感した石倉さんは、それまでも生産の中心であったキャベツにシフト。現在はキャベツひとすじといったところです。

キャベツは一年中食卓に登場する、家庭でもおなじみの身近な野菜です。キャベツが一年中、安定して手に入るわけは、南北に長く、山岳地帯が多くて標高差のある我が国の国土をフルに活用して、季節ごとの産地リレーが行われているからで、3〜5月に出回るキャベツ(新キャベツ)は千葉県の銚子や神奈川県の三浦半島などから。暑さに弱いため夏期は群馬県や長野県の高冷地で、そして寒さの中でじっくり育つ冬のキャベツは愛知県が主力の産地となります。この時期に出荷されるキャベツには寒玉系と春系があり、最近は春系が人気。石倉さんのところでも生産の中心は春系で、作付面積は6町。他に寒玉系が1.5町ほどあります。

例年、7月の下旬から種を播いて、12月頃から収穫・出荷。翌年4月いっぱいで終了し、畑の手入れをして次……というサイクルです。石倉さんはハウスに種を播いて苗を10センチ位まで育て、畑に植えかえます。回帰水が活躍するのはこの苗づくりの間。結球を始める前までです。回帰水育ちのキャベツは根が強く、葉が立って、玉揃いが良く、巻が固くてずっしりと重い。1玉1.3キロ位と箱に入る数は同じでも重量が違います。せん切りキャベツにするとその差は歴然とか。そしてこのキャベツ、消費者に「いい時期のいいものを安定して」という石倉さんの考えから、すべて畑ごとの契約栽培。流通方法も独特で、JAを通さず、東北地方に拠点のある企業へ一括納入されています。このように、誠実な生産者と品質や安全性を重視する企業・消費者の連携という、時代の求める新しい流れに対応できるのも回帰水あってのこと。更なる発展が期待されています。

 

 

「とうがん」農家の岡本さん。キャベツやレタスも栽培しており、自家用には様々な野菜を作っていますが、メインはとうがん。漢字では冬瓜と書くため冬の野菜と思われがちですが、旬は夏。保存性が高く、丸のまま冷暗所に置いておけば冬までもつことから、この名前がついたといわれています。

栽培はハウス6棟、露地3町。特注無農薬号50Aを使って、ハウスでは早生、露地はトンネル栽培で中早生や晩生を作っています。ハウスの早生は6月初旬に出荷が始まります。種を播くのは2月末。とうがんはカボチャなどに接ぎ木するのが一般的だそうですが、岡本さんのところでは発芽させたものをそのまま植えかえるだけ。接ぎ木は一切しないそうです。しかも1回の収穫で終わり。2度3度と収穫するケースも多い中、品質保持のために結実は1回だけとしています。

回帰水を導入する前からとうがんを作っていたとのこと、回帰水農法に変えてからの変化をお聞きしました。第一は品質が良くなり、いわゆる秀ランクの良品ばかりになったこと。無農薬号を付けたその年から品質にムラが無くなり、秀品ばかりになったのには驚いたとのことでした。一本の木(蔓)に2つ玉、3つ玉、4つ玉と色々ありますが、岡本さんは3つ玉中心。とうがんの良し悪しは大小ではなく、いかに粒が揃っているかがポイントだそうです。岡本さんのとうがんは美人揃いの3人娘とでもいいましょうか、まさに粒揃いなのです。

発芽率も良くなり、成長も早いとのこと。また土自体も変わってきて土壌消毒の必要も一切ありません。岡本さんのところでは、とうがん→レタス→とうがんというサイクルで栽培していますが、とうがんの収穫が済んだら、ソルゴウという草を播き、背丈ほどに育ったら土にすき込みます。この草が腐って堆肥となり、次のレタスの肥料になるのです。とうがんには若干の有機肥料を使うそうですが、回帰水のおかげで減農薬ができ、薬代も減るという二重の効果も。

出荷されたとうがんは、主に京都や奈良の懐石料理や精進料理の専門店に届けられ、最近では食べやすいということから医療機関で使用されることも増えています。品質が一流なら、納入先も一流——当然、経済もしっかりついてくるわけです。「以前はB級品もあって、分けてくれていたのに、最近ではそれがちっともない」という、GP仲間からの嬉しいような、少し残念なような声もありました。

 

 

冨田さんは畑作の多い田原市の中では珍しく稲作中心の農家。作付面積25町という規模は、おそらく田原市ナンバー1。維持できなくなった田を委託されることも多いそうですが、「コシヒカリ」を10町ほど、残りは飼料用の米ともち米を作っています。国の農業政策によって推進されている飼料米は、畜産農家との契約栽培で経営の安定化に役立っているとのことでした。現在、米づくりは息子さん夫婦にほとんど任せているそうでご自身は手伝う程度。農閑期にあたる冬にブロッコリーやほうれん草などを育てています。野菜づくりは「趣味の農業」と笑う冨田さんですが、近所の『道の駅』に出荷しており「評判がいいんですよ」と奥様。

息子さん共々、品質・効率・生産性共に向上させるべく、積極的に新しいことに取り組んでいる冨田さん。回帰水はもっぱら苗づくりに活躍しています。ハウスの前に特注の大型無農薬号50Aが設置され、ハウスの天井からも散水できるようになっています。稲の苗は本数が多いため、苗床の数で1枚2枚と数えますが、冨田さんのところではハウス2棟を使って600枚ずつ3回、約2000枚近くの苗を育てます。回帰水育ちの苗は根張りは良いものの、成長はけっして早くないと冨田さん。但し根がしっかりしているためか、ある時期で「逆転」し、それからはグーンと早い。また分化も良いので少ない苗で済むというメリットもあると。また、冨田さんのところでは粗植といって、苗と苗の間隔を広くとる栽培法にも取り組んでいます。1反あたり苗20枚というJAの基準があるそうですが、それを14枚に——そうすることにより、一つひとつの株が大きく育ち、全体の収穫量もむしろ多くなるといいます。

「今度、娘が後を継いでくれることになってネ」という話に「エーッ。息子さんが後を継いでいるはず……その妹さん?」と思ったら、何とお孫さんのこと。卒業後、お勤めをされていたそうですが、やはり農業の方が良いと!農作業は若い女性にはきつくないかと心配したら「最近の機械は優秀で、1台の田植機で植え付けから除草、肥料撒きまで全てOK。1反の田んぼでも10分もあれば済むんだよ」。機械化にはそれなりの資本が必要ですが、農業が3Kというのは時代遅れと、改めて認識した次第です。

「農業も基本をしっかり身につけたうえで、どんどん新しいことにチャレンジしていかないとね」という冨田さんの言葉に、回帰水やGP活動と相通じるものを感じました。

 

 

—回帰水農法の隠れたメリット—

石倉さん、岡本さん、冨田さんと3軒の方々とお話をして、ある共通のことに気づきました。もちろん回帰水を愛用していることは言うまでもないことですが、皆さん、異口同音に「自分はもう隠居。若い者に任せています」。とは言うものの、「まあ農業には経験が必要だから相談には乗っていますよ」と、年齢を感じさせない元気さで田畑を動き回っています。この元気さは回帰水のたまものと思いますが、もう一つ重要なことは皆さんの最初の言葉にあった通り、3軒とも次の世代がしっかりと後を継いでいるという点です。後継者不足が日本の農業の問題点と言われて久しく、UターンやIターンも少しずつ増えてきているものの、まだまだというのが現状。そんな中で後継者の悩みなど、どこ吹く風というのも、回帰水農法できちんと収入が得られ、人に喜んでもらえる充実した人生を送っているから。機械化が進み、労働も軽減された今日、経済的安定と将来性があれば若い世代も意欲を持って農業と取り組めるはず。そんな面からも、回帰水には時代の流れをリードする力がある……それが証明されたように思われました。

2016年08月31日